| Nihon Kham Kikin English | デロン県案内/Derong Prefecture | |||||||||||||||||||||||||
| 四川省カンゼチベット族自治州チャティン「郷城」県 | ||||||||||||||||||||||||||
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当会は2000年7月日本カム基金を設立し、東チベットカムでこの新プロジェクトは動き出した。現在のプロジェクトはすべてチャティン県で行っている。カムは現在中国の四川省カンゼ州や雲南省デチェンに編入されており、日本から約4時間のフライトで昆明へ、その後1時間の国内フライトで標高3300mの所にあるカムへの入り口ジェダン「シャングリラに変わった」に着く。そしてバス又は車で時には美しい風景を見ながら時には運転手に命を預けて移動する。 |
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日本カム基金の活動地域である甘孜州郷城「チャティン」県は、 標高2800メートルの所にある。夏の気温は25度ぐらいまでしか上がらず、日陰に入ると肌寒く感じる。9月はまだ暖かく、庭でコスモス、ばら、ダリアといった日本でもなじみの花が咲いている。山ではエーデルワイス、有名な青い芥子や他の高原の花も咲き乱れている。10月に入ると本格的な秋が始まり、美しい紅葉を楽しめる。朝夕は少し寒いので、レザーウェアーやダウンジャケットが役に立つ。11月ごろから雪が降り始め、地面も凍り付き、建設工事は3、4月まで休みとなる。以前は政府の命令で木を次々と伐採して行き、中国本土へと運ばれていったが、現在では伐採が禁止され、家を建てたい時も政府の許可が無いと、木を切ることは出来ない。また、許可が下りても切った木の代わりに植林しなければならず、費用もかさむ。そのお陰で、この地域の周りの山々には緑が増えつつある。 特別な山「神の山」は3つあり、チベット人が良く利用する天然温泉やホテル施設付きの温泉、 |
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| また温泉プール(水はかなり濁っている)などが郊外にあり、町の中にはカラオケバーや麻雀店などもある。この地域には2000年まで外国人が入れず、ホテルを利用するのはもっぱら政府関係者や中国人観光客だった。現在では時々外国人が泊まるようになってきている。しかしホテルはもちろん、町のどこへ行っても、英語が全く通じない。チベット語か中国語が出来ないともっと大きな町から英語の出来るガイドを連れて行くしかない。郷城県の中央を美しい川が流れている。つい最近まで、この川に架かる橋は取り外し式の簡易橋で、雨が多く降る季節になると流されないよう外されていた。しかし現在丈夫な橋に架け替えられたので一年中安心して川を渡ることが出来る。町から離れた場所で川を渡りたければ、橋も無いので、馬で渡ることになる。増水している時はかなり危険で、上級の乗馬技術と賢い馬が必要だ。 この地方の人々の多くは農民で、家族の中の家畜係りは4月から9月中旬まで家畜(ヤク、牛、羊、豚や山羊から鶏まで)を山に連れて行き、草を食べさせて太らす。その後ヤク以外は村に連れて帰る。ヤクは冬も山で過ごす。農民は現金収入が少ないが7月から8月はキノコの季節なので、健康な人は皆山へ松茸や他のきのこを探しに行き、それを売ってお金にする。このお金が彼らにとって一番の収入になる。この地方の成人で読み書きの出来る人は大変少ない。銀行、郵便局などに勤めているチベット人は読み書きが出来るが、その一部は中国語しか読み書きが出来ない。英語が出来る人はこの地方では全くいない。 現地スタッフと地域の人々この地域の人々はラサと違って外国からの援助を受けたことがなく、日本カ ム基金の活動に大変期待している。日本カム基金の活動は地方のテレビ局だけでなく、中国四川省の新聞まで紹介された。 お陰様で日本カム基金の現地チベット人スタッフ4名は自分の仕事の傍ら無報酬で手伝ってくれている。この地域の30才以上の人たちの殆どは教育を受けたことがなく、日本の常識が当てはまらない。例えば歯を磨く習慣がなく、歯が痛くなっても本格的な治療を行う歯医者さんに行くより抜歯を選ぶ。まだ30才にもなっていない若いお母さんたちには、前の歯しか残っていない人もかなりいる。やはり歯の大切さ一つとっても教育が必要だ。より多くの子供達が教育を受けられるよう、日本カム基金として力を入れたい。そして将来は大人に対する色々な教育にも取り組んでいきたい。 農民たちの生活 この地域では中国政府関係の役所に勤めている人以外のチベット人は殆ど農民だ。女性たちは働き者で、朝3時ごろ起きて薪を遠い所まで拾いに行き、昼前に帰宅する。彼女たちは力強く、重いものも悠々と背負って歩く。その間おばあさんたち(まだ若く大抵30代後半から40代)は孫やひ孫の面倒を見たり、食事を作る。昼から女性達は畑仕事に精を出す。結婚してない姉妹がいると、彼女たちも子供の面倒を見たり、家事をする。農民たちは皆家畜(牛、羊、ヤクなど)も飼っており、おばあさん、おじいさんや姉弟が世話をする。ヤクを飼っている家庭では冬季以外は、家族の誰かが村から歩いて数日離れた山の上でテント生活をしながらヤクを放牧している。この役目は大抵おじいさんかおばあさんに回ってくる。ヤクという名称はオスだけを指し、当然お乳は出ない。メスはディ「dri」と言う。ディは毎日搾乳する必要があり、そのミルクでバターやチーズを作ったりと毎日大変忙しい。農民たちは野良仕事をすべて手作業で行う。標高が高く紫外線も強いため、皆良く日焼けしており、若くからシワも目立つようになる。クリームの代わりに、昔から顔にバターを塗っている。お年寄りはとても元気そうで、70才を越えても軽い仕事をこなしている。東チベットでは大抵初めに生まれた子供が後継ぎとなり、男女の区別はない。 |
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| 日本カム基金の活動地域「チャティン」/Chattring | ||||||||||||||||||||||||||
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| 町の市場 農民たちは余った野菜や果物を町の市場で売る。車やトラクターを持っている人は荷物をそれで運ぶが、殆どの人は野菜などの売り物を背負って、2、3時間かけて歩いて売りに行く。農民たちは販売で入ってきた現金で自分の畑で出来ないものやお肉、卵、小麦などを買って、夕方家に戻る。 この市場は、政府に一日あたり3元(およそ51円)の税金を支払えば、誰でも利用する事が出来る。 この地方は同じ県内でも場所によって気温が異なる。ある所では二毛作が可能で、年2回も同じ畑から収穫出来るが、歩いて3時間離れた所では年1回しか収穫出来ない。だからチベットでも少し暖かい村ではなすびやトマトなどが栽培され、ちょっと離れた他の涼しい村ではそれらの野菜は栽培出来ない。 市場ではジャガイモ、チベットの里芋、タマネギ、キャベツ、なすび、トマト、大根、かぶら、ピーマン、にんにく、ざくろ、もも、東チベットのリンゴ (ラ・フランスのような味のするりんご)、栗 |
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| 郷城町. Chattring town | ||||||||||||||||||||||||||
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、ぶどう、ベトナムからの輸入バナナや、卵、トウモロコシ、そばなどが販売されている。チベット人たちにビニール袋は禁止されており、各自買い物袋を持参している。 冬になると寒さの為あまり野菜が出来ないが、最近はビニールハウス栽培が増えきている。ビニールハウスの歴史はまだ浅いので技術を研究が盛んだ。 この地方では色々な野生のキノコが採れ、また大変珍しい薬草冬虫夏草の産地の一つでもある。 結婚生活学校に行っていない男女は大抵20才以下で結婚するので、男性でも40前でおじいさんになる。教育を受けた男女は20才を過ぎて結婚する。50代の人はまだ子供が5.6人いるが、それ以下の世代では多くて3人の子供しか許されていない。 |
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